日常の気付き

愛とは何か?

愛ってなに?

こう聞かれて、
ポンっと答えられる人って少ないんじゃないんだろうか。

僕もまだまだ探求中です。

でもね、
この問いに答えられるようになることが、
地球に生まれて死んでいくまでの、
全人類共通の目的だったりするんじゃないかなんて思ったり。

で、
解答は、人の数だけきっとあるんだけど。

現在の僕の仮説は
『愛=認めること』
です。

まだちょっとフワっとしてますね(笑)
もう少し掘り下げてみると

認めるって、誰を?
→認めるのは、『自分』を。

認めるって、なにを?
→認めるのは『ありのままの姿』を。
※自分の弱いところを、と言ってもいいかな

そして自分を認められれば、
「結果的に」
他人も認められるんじゃないかと。

他人は「認めよう」という意志を持って認めるものではなく、自分を認めることで自然とできるようになること。
そんな気がします。

だから他人に対して「許せない」という思いを抱いている自分を発見したら、それは自分の中にまだ許せない部分が残っているしるし。

例えば赤ちゃん。

愛されてますよね
無条件に。

これはありのままでいることを「ゆるされている」ということ。

で、
これって赤ちゃんがかわいいから、なんじゃなくて。
『究極のありのまま』の姿に、人は惹かれてしまうものだから、
なんじゃないのかな?

そして赤ちゃんはそんな自分自身を認めてる。
駄々をこねていい。
泣きわめいていい。
それでも自分は周りから認められると。
(無意識かもしれないけれど)

だからこそ、他人をありのままでいることもゆるしてます。
「おまえは理想的な母親であれていない」
なーんて糾弾する赤ちゃん見たことないですよね。

これは、赤ちゃんは愛されていると同時に、人を愛せてもいるってことでもあるのかなって。
(裏を返すと、赤ちゃんは自分と他人を愛せているから、人からも愛されるのでは?)

あとは例えば夫婦関係や恋においても言えるかな。
相手や自分がどんなに『理想の夫像』『理想の妻像』と離れていても、
それがその人のありのままであるのなら・・・
「それで良し」とできる。
万事にオッケーが出せる。

もっと簡単に言えば、善悪のジャッジがないというか。
長所も短所も素敵だと認められる。

それが愛するということなんじゃないだろうか。

愛し合いとは『ゆるしあい』のことなんじゃないだろうか。

愛=認めること
(ゆるすこと、でもいいかも)

この仮説。
どうでしょう?

これが全人類できたら、この世界は別世界に見えるほどに次元上昇してしまうんじゃないだろうか。

きっとこの問いに唯一の正解なんてなくて。
人それぞれ素敵な解答があるよね。

死ぬまでに素敵な解答が出せるように、ぜひお互い楽しんで生きましょう~

スピリチュアリスト
SHO
世界をもっとよくしたいという思いから活動しています。世界中の皆が本当の自分を思い出し、互いに思いやり、尊重しあって好きなことをして生きられる世界に♪