スピリチュアルな目覚め・覚醒の兆しとその段階を解説

スピリチュアルな目覚めを体験したい。
そう思ってはいるんだけれど・・・
「目覚め・覚醒って起こる前の兆候ってあるの?」
「実際に目覚めたらどうなるの?」
「目覚め・覚醒が起こっていくとき、段階やステージがあったりするの?」
こういった疑問について、解説していきます。
スピリチュアルな目覚め・覚醒の前に起こる4つの兆しときっかけ

今までの自分や人生に疑問や違和感を感じ始める
目覚め・覚醒とは「幻想から目を覚ますこと」です。
なので逆に目覚めていない人は「幻想・夢」を見て、それを現実だと誤認して生きています。
そういった夢を見ている人の中で目覚めのプロセスが始まると、その世界(つまり幻想)に疑問を持つようになってきます。
幻想から抜け出す準備が始まるためです。
例えば、

- なにか変な気がする
- 何をやってもこれじゃない気がする
- 何か大切なことを忘れている気がする・・・
などなど。
こんな風な「違和感」のようなものを感じ始めます。
さらに、今までは当たり前に受け入れてきた「社会常識」についても、
『なぜ今まで当然のようにこれを受け入れてこれたのだろう?』
という疑問が湧いてきたりします。
実はこれは「目覚めた世界」そして「本当の自分」からのサイン・メッセージになっています。
強制イベントが起こる
違和感を無視していると、強制的なイベント(病気や事故)が起こることがあります。
- 病気などがきっかけで寝込み、忙しない生活が強制ストップした
- 急に職場を退職せざるを得なくなった
- 新しい仕事や環境へ移行することになった

あくまで例ですが、目覚めの前段階として上記のようなことが起こることがあります。
なぜかというと、眠った意識の人はそういった大きなイベントでもないと幻想から目覚めようとしない。
つまり自分の人生を本来の流れへと変える気を起こさない傾向にあるからです。
ハイヤーセルフや宇宙(なんという表現でも良いですが)、そういった高次元の意識がその人の目覚めを促すために大きなイベントを起こすことがあります。
生死の境をさまよって生還した人が、「人が変わったように」人生を真摯に生き始めるというのはよく聞く話ですよね。
生死の境をさまようほどではないにしても、病気や事故などのイベントで日常生活がストップし、幻想に”すき間”が入ることで目覚めた世界に気づき始めます。
今までの自分に違和感を感じ始める
だんだんと目覚めた世界を知覚し始めると、心の中に自分がふたりいるような感覚が出てきます。
これは
- 自我、エゴとしての偽物の自分の声
- それを超えた本当の自分の声
の両方を知覚するようになるからです。
そうして今までの自分の選択・考え方などに違和感を感じ始めます。
『真実は別のところにある気がする』
そんな漠然とした感覚を抱くようになり、その感覚を受け入れ始めると、今までの自分とは違った自分を発見し始めます。
目覚める前の段階では、この『新しい感覚』と『今までの自分(エゴ)』との引っ張り合いになり、どの声に従えば良いのか本人が混乱するケースもあります。
これは余談ですが、実はマンガによく出てくる表現の「天使の声と悪魔の声」というのは、このことをインスピレーションとして表現しています。
(実際は「思考の声」と「魂の声」という感じです。)

高い視点から物事を観るようになる
目覚めのプロセスが始まると、自分の人生全体のことを高い視点から見つめるようになります。
- わたしはなんのために生きているんだろう?
- 何か使命や、やるべきことがあるんじゃないか
- わたしの正体っていったいなに?
などなど。
普通の人は考えつかないような視点で、日常や人生を見つめるようになります。
こういったことは社会一般の人は考えません。
「なんとなく生きて、なんとなく働き、なんとなく老いていく」
ことが一般的です。
むしろこういった本質的なことに目を向けていると、社会からは「この人ちょっと変わってるな」という目で見られます。
この地球ではまだ、意識が目覚めていない人がほとんどなので、目覚めのプロセスが始まると一般的な考え方からは離れていくことになります。

以上が、目覚め・覚醒の前に起こる兆候です。
目覚め・覚醒の3つの段階とステージ
では、目覚めた後はどう変わっていくのか?
ここからはそれを解説します。
実は目覚め・覚醒にも段階やステージがあります。
本当の自分を思い出す
目覚めの第一段階は、
「本当の自分をハッキリと思い出す」
ということが起こります。
「真実の世界をハッキリと見る」という表現でも良いです。
これは仏教では「悟り・無我の境地」と言われているものと同じものです。
目覚める前の段階で「これがわたしだと思ってきた意識」は、実は自分ではありません。
それは自我・エゴと呼ばれる、幻影です。
本当の自分はそれを超えたものです。
自我・エゴは頭で自分を「定義している」という次元です。
本当の自分はそれを完全に超えた実在なので、通常の意識からはまるで想像がつかないものになってきます。
しかしそれが「起こった」人には、ハッキリと感じられるようになります。
一度それを垣間見た人は、この幻想の世界への執着がハッキリと減ってしまいます。
なぜなら、本当の自分は別のところに在るということを確信してしまうからです。
それによって激しい感情(怒りや悲しみ・不安や恐怖)がかなり減っていきます。
なぜなら、それらも究極的には幻の世界で起こっている出来事だという感覚が、奥深くに厳然として在るからです。
これを「目覚めの一瞥」と呼ぶ人もいます。

目覚めた世界が定着していく
「本物の世界」を垣間見た後も、引き戻しにあうことがあります。
一度垣間見た以上、『今まで自分が生きていた世界が幻想である』という確信が生まれますが、確信は消えませんが”実感”が薄れていってしまうという感じです。
相変わらずこの社会は幻想を基盤に回っているし、周りの眠っている人々も幻想の自分に対してコミュニケーションを取ろうとしてくるなど。。
色々な要因があります。
ただそれでも実感が完全には消えることはありません。
一度完全な景色を見てしまっているからです。
あくまで薄れるだけです。
これは例えるなら、
『地球が丸い』という真実を宇宙で見た宇宙飛行士も、地球に戻れば地球がまた『平らに見える』という感じが近いかもしれません。
でも「地球は丸かった」という直接体験をしている以上、確信は消えません。
瞑想(思考から離れている状態)を繰り返すことで、実感もだんだんと定着していきます。
そうすると最終段階へと近づいていきます。
すべてを超えた全体意識へと帰る
最終段階に至った意識は、目覚めた世界から一切離れることはなくなります。
ここまで来ると、人生に苦しみは一切存在しません。
ただ喜びだけがそこに在る状態です。
すべてのものに執着がなく、
それゆえにすべてから解放されている境地です。
この段階はすでに個人という意識ではなく、いわば”全体意識”。
”すべてが自分”というような状態です。
目覚めた人が
- 「あなたはわたし、わたしはあなた」
- 「すべては愛しかなかった」
- 「わたしは宇宙そのものだった」
などと言うことがとても多いのはそのためです。
まとめ
今回の記事では、
- 覚醒前に訪れる兆候
- 覚醒後の段階とステージ
についてお伝えしました。
今回は言葉のレベルで最大限表現してみましたが、実際の体験は文字から想像するものを大きく超えています。
だからこそ、覚醒・目覚めというものはこの世界ではかなり誤解されていると感じています。
知識から「私は目覚めた」と勘違いしてしまうと、本当の解放から遠ざかってしまう場合もあります。
それは、自分で実態とは違った目覚めのイメージを膨らませてしまうことによる場合がとても多いです。
なので、今回の記事も「知識や定義」として自分の中に入れるのではなく、感覚としてなんとなく捉える、ぐらいにしておいてもらうのが一番よいと思っています。
SHO
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- 「目覚める」とはなんなのかが分かってくる
- 人生に苦しみが生まれるメカニズムが分かってくる
- 幻想の世界から目を覚まして、真実へと向かい始める