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スピリチュアル

感情の正体とは何か|感情に振り回されなくなる仕組みと癒やし方

SHO
  • 日常の中で感情に振り回されてつらい
  • 自分で感情が止められない/コントロールできない
  • スピリチュアルなワークを何度実践しても変化が感じられない

このように、目覚めていく上で「感情」に躓くケースは非常に多いと思います。

実際ここが乗り換えなければいけない「一線」だということもできます。

そのため目覚めていく過程において、感情について深く理解し、感情を適切に取り扱えるようになっておくことは大切なことです。

そこでこの記事では「感情」についての基本的な理解のすべてをまとめておきます。

感情の正体とは何か

結論を最初に言っておくと、

感情とは「思考に応じた身体反応」であり、その対処には「赦し・癒やし」の実践が必要となってきます。

感情は悪いものではなく、『ただの現象・現れ』です。

これがどういうことか理解できるよう、以下のような順番で説明していきます。

ステップ
  1. 私たちは一体なにを「感情」と呼んでいるのか
  2. 感情が、出来事ではなく「思考(意味づけ)」から生まれているという仕組み
  3. なぜ感情はコントロールや書き換えではうまく扱えないのか
  4. 感情への本当の対処とは、「意味づけを解除すること」である理由
  5. 真の意味で感情と向き合うことが、どのように意識の目覚めにつながっていくのか

では1つ1つ見ていきましょう。

感情とは「思考に応じた身体反応」|感情が生まれる仕組み

先ほども言ったように、感情とは

出来事に対する思考(解釈)に応じて現れる身体感覚

のことです。

どういうことか観ていきましょう。

感情は “ある種の体感” を伴っています。
そしてこの「体感の様々なバリエーション」を私たちは “感情” と呼んでいます。

感情の体感

どの感情にも、その「感情特有の体感(=振動、波動)」があることが分かると思います。

この体感を私たちは『感情』と呼び、それをさらに仕分けして「良い感情」「悪い感情」と分類しています。

つまり私たちはシンプルに”体感”のことを感情と呼んでいます。

しかしこの感情(体感)、なぜ湧いてくるのでしょうか?

感情は思考(意味づけ)に応じて生まれている

感情がなぜどのように生まれてくるのかというと、その人の「思考(意味づけ)」によって生まれてきます。

この「その人の思考に応じて感情が湧いている」という事実は、簡単に確かめることができます。

例えば、AさんがBさんに何か言われているという状況を思い浮かべてください。

ここでAさんが、Bさんの発言に対して、

「なんて失礼な・・・!」

と感じて怒ったとします。

ここで湧いてきた感情は「怒り」ですが、これは自動で湧き上がってきています。

その証拠に、
「よし、今から怒るぞ」
と自発的意思をもって感情を表現する人はいません。

「よし、今から喜ぶぞ」
もないと思います。

気づいたときには自動で。
体感が浮かび上がっているからです。

ではなぜ自動で浮かびあがってくるのかというと、元からその人が持っている「何度も繰り返されることで当たり前になった思考(意味づけ)」があるからです。

それが「自動的に作動して」感情を作り上げます。

例えば今回の例では、Aさんは怒りましたが、同じ事象でも人によって反応・感情が異なります。

なぜ違ってくるのか。

それは、

人それぞれ、その事象に対する「意味づけ」が違うから

です。

そして、この意味づけは当人の思考によって決定されています。

人によって思考・考え方・解釈の仕方・・・が違うので、出来事に対する感情(反応)が違ってくるということです。

出来事そのものが感情を生んでいるわけではない

つまり感情とは、「出来事」が生んでいるのではなく、当人の意味づけ(思考)によって生まれているということが分かってきます。

これは非常に大切なポイントです。

なぜなら私たちは「出来事」や「人」など、外界を変えようとしますが、原因はそこにはないからです。

原因は自分の心(思考による意味付け)にあります。

感情は自分の心から生まれてきます。
出来事は「心の中にあるものが出てくるきっかけ」に過ぎません。

それは言うなれば以下のような仕組みです。

感情の方程式

思い込み(意味づけ) × 出来事 = 感情(体感)

元々その人独自の意味づけがあります。
これは【出来事が起こる前から】あります。

そこに、後から出来事が掛け合わさることで、感情が生まれる。
という仕組みです。

つまり今回の例で言えば、Aさんには

「私は丁重に扱われるべきだ」

→「なので、あんな言葉やこんな言葉は言われるべきじゃない」

→「私がこういうことを言われたときはバカにされており、損害を被る。なので、怒るべきだ」

といったような意味づけが ” 元々 ” 内部に存在していて、

「その思考に合致する出来事」に遭遇した際に、「元々持っていた思考(意味づけ)通りの感情を体験した」ということになります。

ここから

『感情とは(無意識的な)思考から生まれてきている』

ということが理解できてくると思います。

ですので、感情は思考によって生まれていて、原因は「出来事」にはない。
という風に理解されてください。

感情発生の仕組み図

また、「当人の思考(観念)は体験を引き寄せる」という法則もあります。

Aさんは「こんなことは言われるべきじゃない」という思考(観念)を保持していたからこそ、こういった体験を引き寄せ、怒りという体験を外部に作り出したということもできます。

これは

  • 「思考の現実化」
  • 「引き寄せの法則」

と呼ばれているものです。

思考が体験を作っているということについては別記事で詳しくまとめてのでそちらをご覧ください。

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心が信じているものを体験する|思考(潜在意識)の現実化の仕組み
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感情へ対処するとはどういうことか

では感情が生まれる仕組みを理解したところで、次に「感情にどう対処していけば良いか?」を見ていきましょう。

感情への本当の対処とは意味づけを「解除する」こと

まず結論を先に言っておくと、

意味づけを壊す

ことが感情に対して本当の意味で対処することになります。

なぜなら先程まで確認してきたように、

「感情は “当人の意味づけ” から生まれている」

からです。
意味づけが解除されれば、問題のある感情は生まれなくなります。

ただ、ここで1つ注意点があります。
それは『悪い意味だけを解除して、良い意味だけを残す』ということはできない、ということです。

なぜなら、良い意味づけは必ず裏面としての悪い意味づけを作ってしまうからです。

例えば・・・

例えばですが、「お金がたくさんあるのは良いこと」という意味を作ると、その反対もセットで生まれます。

善悪表裏一体の意味づけ

なので、

「お金が減るのは怖いこと」という意味づけだけを解除して、

「お金が手に入るのは良いこと」という意味づけを残す。

ということはできません。

“両方” 解除されなければ、ここから自由になることはできません。

こうしたように、この世界では善悪すべてが表裏一体になっていますので、意味づけは「すべて一緒に」解除されなければなりません。

これはスピリチュアルでよく言われる「あなたは幻想を見ている」というメッセージであり、「ジャッジをしないように」というメッセージの意図している真の意味です。あなたはあなたの見たいように世界を見ているということです。

 

※ただ、幻想については、そもそもこの物質世界自体が幻想であるというもっと深い意味合いも含んでいます。ただその物質自体も、その人が見ていたいと思っているから見ています。物質世界を望んでいない心は、この世界の体験を作り出しません。

そういった理由から、問題のある感情体験は、

自分が体験することになんのジャッジ(=意味づけ・判定)もしない

ということで改善していきます。

そして、この “意味づけの解除された状態” が「あるがままに見る」ということです。

あるがままに見ておらず、「過去の印象」を見ている

裏を返すと、何らかの感情に縛られる時、私たちは「あるがまま」を見れていません。

そして「出来事そのもの」ではなく、「過去」を見ています。
過去の印象・意味づけ・記憶の再生を見ているということです。

どういうことか説明します。

例えば、あなたがサッカーを見るとします。

「面白い」「面白くない」などの様々な反応があり得ると思いますが、人によって別々な反応を示すことが想像できると思います。

ここから見えてくることが、私たちはサッカーに対して「個々人が抱いている印象」を見ています。

サッカーそのものを「あるがままに」見ているわけではありません。

それぞれの人が自分でつけた「意味づけ」を見ています。

そしてこれは「サッカー」というものに対して過去にどういう意味付けをしたか?です。

つまりこの印象(イメージ)というものは過去の記憶から引っ張ってきているものであり、「今この瞬間あるがままのそれ」ではありません。

これを様々な例に当てはめてみてください。

嫌な人と対面するとき、その人に嫌な感じを抱くのは「私が過去の記憶から作った印象」を見ています。

つまり自分で作った意味づけを見て、自分で作った意味づけの通りに気分を悪くするというわけです。

こうして見てくると「過去の記憶からくる意味づけ」が感情と密接に関連していることが分かってくると思います。

ですので、「私は自分の過去の印象を投影してこれを見ているのが」と認識することが大切になってきます。

この認識をすることによって初めて、意味付けが解除されることが可能になってきます。

意味づけが解除されるということは、言い換えると

意味付けはすべて幻想である

と認識する、ということになります。

なぜ意味付けが幻想なのか?

先ほどのAさんBさんの会話の事例もそうですが、出来事に対する反応は「人によって」違います。

人によって違うということは、それは「コロコロと変わってしまう」ものであり、つまりそれは真実とは呼べません。

もちろん本人は幻想とは思っておらず、コロコロと変わってしまう意味づけにすぎないとは思っておらず、「馬鹿にされたのは事実である!」と本気で思っているのですが。実はそれは自分で作った”印象”なのですが、そうとは思えません。

そしてそう信じているからこそ、感情から抜け出せないということでもあります。

もし、『自分がつけた意味づけが幻想である』という確信が本人の中に確立されれば、人生におけるすべての問題が一挙に解決することになります。

ですので、

自分が作った意味づけを、自分で解除する。
(=意味づけは解釈に過ぎず、幻想であると認識する)

という訓練が絶対的に必要になります。

そしてそれは当人に
「すべてに意味はなく、したがってありのままで完璧である」
という認識をもたらすことになります。

これがその人に「揺れない不動の心」をもたらすことになります。
すべてが完璧にしか見えなくなるからです。

それが「あるがまま」という状態であり、目覚めの状態(幻想がない・つまり架空の意味づけがなく、真の姿の状態)です。

これらのことを知識として理論的に理解することも大切です。
しかしいざ実践となると、うまくいかないパターンがたくさん出てきます。

実際多くの人が、感情への対処がうまくいかないと感じているようです。
なぜなのでしょうか。

なぜ多くの感情への対処法が失敗するのか?

スピリチュアルなどでもたくさんの対処法が出回っていますが、それらをたくさん学んでもうまくいかないと感じる方は多いようです。

その理由は

  • 感情の仕組みを深く理解していないこと
    (=表面的にしか理解していないこと)
  • そのため対処法も間違えていること
    (=表面的にしか対処していないこと)

にあります。

もう少し具体的な例を出すと、以下の3パターンがみられます。

  1. 意味づけを『解除』するのではなく、『書き換え』ようとしている
  2. 感情自体に意味づけ(ジャッジ)をしてしまっており、感情と戦っている
  3. 真の自分を見出していないため、偽の自分を守ろうとしてしまう

それぞれ見ていきましょう。

1
うまくいかないパターン①

感情の意味づけを『解除』するのではなく、『書き換え』ようとしている

世の中でよく見られる対策は以下のようなものです。

『潜在意識』を書き変えれば良い

しかし、多くの場合これは失敗します。

なぜかというと、「意味の解除」ではなく、「意味の書き換え」にしかなっていないからです。

  1. 意味の解除
  2. 意味の書き換え

これらは大きく異なります。

さきほどの、良い意味と悪い意味はセットのため、意味づけが残っていると必ずネガティブな感情が発生することになるのを思い出してください。

ですので、これは表層的な取り組みにしかなりません。

例えば、

「人前になると緊張してしまう」

という悩みがあったとします。

そうすると「人前は怖いものだ」等の、原因となる思考(思い込み・意味づけ・観念)を変えようとしがちです。

しかし、真の原因はこの表層部分にはありません。
なのでこのアプローチはうまくいかないか、または、うまくいったように見えても相変わらず人生には色んな問題が出現します。

そして

「なぜ変わらないの?なぜ一向に目覚めないの?」

という状態になります。

これはなぜかというと、すべての根底にある原因が放置されているからです。

すべてのネガティブな感情はたったひとつの「根源的な恐れ(思考)」によって作られており、それが解除されない限りは形を変えて生み出され続けます。

(イメージ図)

感情の階層構造

その「一番根っこにある思い込み」とは

私は分離した個人であり、死んでしまう存在である。
なので私を防衛する必要がある。

というエゴ(自我)に備わった根源的恐れの思考です。

この根っこにある「分離」という信念(=根深い硬直的思考)が解除されない限り、恐れは着々と製造され続けます。

例えば、先程の例を続けて観てみましょう。
人前で緊張しなくなったとしても、まだまだ人生には恐れが残っています。

例えば、お金に対する恐怖が残っているかもしれません。

では今度はお金に対する恐怖をなくそうとします。

安心できるくらいお金をたくさん稼ぐとか、お金がなくなっても生きていけると新しい考え方をするようになるとか、心のブロックを解除するとか・・・こういった取り組みが、仮に運よくうまくいったとします。

しかし、今度は老いること、死ぬこと、人から批判されること、大切な人がいなくなること・・・

どんどん恐れは見つかります。消えません。

これは一個一個消そうとしても決して「根絶」されることはありません。

なぜなら、先程言った通り、原因は「私が消えてしまうのではないか?」という『根源的な恐れ』であり、それは依然として維持されているからです。

これが「堂々巡り」の仕組みです。

この『私は分離した個人であり、死んでしまう』という考えは、言い換えると

「私」と「私以外」が存在する

という考えです。

そのため、エゴに支配された人生は「自己防衛のための人生」となります。
自己防衛しかしていません。

エゴ自我の分離の概念

分離と自我の仕組みについては、詳しく別記事でもまとめています。

あわせて読みたい
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しかしこの「分離という信念」は錯覚であり、真実ではありません。

つまりこれさえも、自分で作っただけの意味付けであるということです。そのためすべての生命は分離しておらず、1つ(ワンネス)であることが真実と言われます。

これを確信することが目覚める(悟る)ということです。

そしてこの「分離」を信じているところから、様々なこの世的苦しみが生まれている、というのがこの世に存在する聖なる教えすべての伝えているところです。

世の中にある潜在意識の書き換えなど、何度試みても結局根本的に変わらないという経験をお持ちの方も多いようです。

しかしそれは、上記のように根本的な思考(分離した私がいる、という信念・感覚)は結局変わっていないからです。

この根本的な思い込みが「解除」されることによって、真の自己を認識することが目覚め(悟り)であり、根本解決になります。

逆にそれ以外はすべて、エゴ(分離した自分)が自己防衛するための手段にしかなりません。

しかし、この根源的恐れ(=分離の信念)を解除することはある意味では非常に難しいことです。

なぜなら、これが解除されることは幻想の人生の終焉であり、私たちはそれを無意識に避けているからです。

自我にとっては、これは「死」に感じられます

こういった理由からネガティブな感情は、非常に強力で根深い恐れに根ざしています。(その根源は死の恐怖ですのでとても強力です)

ですので、対処がとても難しく感じられることはある意味当然でもあります。

例えば

意味づけの解除が必要なことは理論的には分かったけど、実際やってみるとどうしても事実にしか思えない!幻想だと思えない!

と感じてしまうなどがよくあるパターンだと思います。

これが、冒頭に挙げた「感情の対処としてうまくいかない2つ目・3つ目のパターン」につながってきますので、見ていきましょう。

2
うまくいかないパターン②

感情自体に意味づけ(ジャッジ)をし、感情と戦っている

感情の対処としてうまくいかない2つ目のパターンは、感情と戦っているというケースです。

これは感情自体に「悪いもの」という意味付けをして、消そうとしている(=戦っている)からになります。

(実際ほとんどのケースはここに陥っています)

実際に必要になるのは「消そう」とすることではなく、「赦し・癒やし」になってきます。

これを正確に理解して実践するためには、「赦し」とはいったいなんなのか?を知らなければなりません。

なぜなら私たちの多くは「赦し」のことを誤解しているからです。

赦しとは何か?

赦しと聞くと私たちは「許し=許可を出す」というものを連想してしまいがちです。

しかし、「赦し」と「許し」は明確に異なります。

これらは「罪」という概念をどのように扱っているかの違いです。

許しは、「あなたは罪を犯したが、許してあげます」というスタンスを取ります。

例えば

あなたが、友人のとても大切にしている壺を落として割ってしまったとします。

「あああああ!なんてことをしてくれたの!大切な思い出の品だったのに・・・」

「わーごめん!本当にごめん!どうしよう・・・」

「・・・・・・・分かった。そんなに謝っているのだし。許してあげる。」

これが許しです。

これは「あなたは確かに悪いことをしたけれど、許してあげるわ」という意味が暗に込められています。

これを言い換えると「罪は存在する」という前提での「許し」です。

これに対して赦しは、

「罪はどこにも実在しない」

という真実の見方を取ります。

つまり

【 「許す」も「許さない」も、どちらも存在しない。 】

という認識が「赦し」です。

これは赤ん坊のように純粋な状態で、「罪ってなに?」という状態だと言っても良いです。

この世界ではほとんどすべてが「許し」の方です。
許しは罪の存在を暗に認めてしまうので、目覚めから遠ざかります。

なぜなら「罪と攻撃が可能である」という幻想を作り上げる原因となり、救いにはならないからです。

例えば裁判などもそうです。

まず前提として「罪は存在する」。
そして「あなたに罪があるかないか、裁きます」というものです。

「罪があるかないか、裁く」という行為は、罪が存在しているという前提を受け入れなければそもそもできません。

なので裁いた結果「あなたは無罪です」と言っても、これは赦しではなく許しでしかありません。

しかし目覚め、悟りにおいては、

善悪は存在しない

つまり「罪は存在しないため、裁くことは不可能である」という聖なる認識において宇宙すべてに赦しがもたらされます。

(そしてこれによって目覚めが起きていきます)

そういったことから、今回の主題である「感情」についても、自分で自分に「赦しをもたらす」ことが必要になってきます。

感情を赦す(癒やす)具体的な実践例

例えば、「怖い」という感情が出てきたとします。

この対処にはいったい何が必要なのか?

ここに「赦し=癒やし」をもたらすこと

です。

ではどうやってその状態に至るのか?

あるがままに放っておくこと

です。

「何もしないこと=赦し」です。

どういうことか説明しますね。

私たちは感情への対処を考えるとき必ず「どうすれば良い?」と考えます。

つまり「どうにかしないと」と思っています。

しかしこれはすでに感情を “否定” しています。

「どうにかしないと」という思考がすでに、「問題がある(=罪がある)」という意味づけの上に立っているということです。

感情をジャッジし、裁き、「あなたは要らないので消えてください」という心理状態にあります。

また、違う視点から見ても目覚め・悟りに至る道においては、

  • 「感情を感じきる」
  • 「感情を受け入れる」

などのアドバイスも存在します。

これは「感情をジャッジしないという赦しの状態になりなさい」というアドバイスです。

しかしこのアドバイスはよく誤解されています。
「感情を感じきれば感情が消えるんだね!」という誤った理解です。
この理解ではうまくいきません。

なぜならこれもまた

「感じきれば、あなたは消えてくれるんでしょ?」

というジャッジでしかなく、排除・攻撃(自己防衛)が裏に隠れている姿勢からです。
なのでこれは赦しではありません。否定(攻撃)です。

そうではなく、

ジャッジする「私」が消えることで、感情が問題にならなくなり、赦しの状態になることで癒やされていく。

というのが本来の意味です。

これは「ワンネス(すべてはひとつ)」という真実の視点に立つということでもあります。

「何一つ敵を作らない」ということであり、自身の感情でさえ問題にしないということです。

これが、赦しです。

余談ですが、覚者として有名なイエスもまた、自身を攻撃する人々を敵と見なさず、赦しの姿勢を崩しませんでした。

そして逆説的ですが、感情が問題ではなくなったとき、感情は消えていきます。
感情は「実在」ではなく「幻想」に属しているために、現れては消えていく運命だからです。

つまり「抵抗をやめる」ことが感情を癒やして成仏させることになります。

しかしここでまた「分かった。消すために抵抗をやめよう。」とすることは順番が逆であり、実は抵抗をやめていません。だからうまくいかない。ということに注意してください。

これは今まで信じられてきた感情の対処法とはまるで真逆なため、最初は受け入れがたかったり、難しかったりするものですが、練習するほどにどんどん上手になっていきます。

また、セッションをしていて、こんな報告をいただいたことがあります。

自分の感情に対していつも「こんなこと思ってはいけない」とか「違う風に感じるようになりたい」とか思って苦闘していたんですが、今回、誤魔化さずに、自分が思っていることをそのまま認めたら、ネガティブな感情がスッと消えていったんです!

このご報告の例は、ジャッジ(否定・攻撃)が消え、赦しの状態に至ったことで、感情が癒やされた(正常・清浄な状態になった)という実例です。

このとき「消せた!」という感覚はなく、「ひとりでにスーーっと消えていった」という感覚のはずです。

想いが成仏していくような。

こういった構造になっていますので、感情に対する唯一の根本解決方は、

感情をあるがままに放っておく(感情を赦す)

になります。

では次は、

「ここまでは分かった。でも実際にあるがままに放っておこうと試してみたけど、どうしてもできない!放っておけない!」

という3パターン目の例について見ていきます。

3
うまくいかないパターン③

意味付けを手放せない時に起きていること(なぜ憎み続けてしまうのか)

なぜ『意味づけの放棄』ができないのか?
つまり『赦し』をもたらせないのか?

これは

本人が意味付けを手放したがっていない(意味づけを継続させたがっている)

ということが障害になっています。

例えば、とても多いのは「親や家族への憎しみ・怒りが消えない」というものです。

セッションでのご相談もとても多いです。

しかしこれは「憎み続けたい」と本人が思っているため、「思っている通りの現実が引き寄せられている」ということです。

まずは、『自分が終わらせたがっていないのだ』と納得することが、その先に進めるとても大事なポイントになります。

しかしその上で、もう手放したいのに「手放したくない」という思いの間で板挟みになることがあります。

ここで必ず必要になるのが、『本当の私(真我)は傷ついていない』という確認になります。

これは先ほど述べた「根源的な自我の恐れ」である

私は分離した個人であり、死んでしまう存在である。
外界によって傷ついたり、影響されたりする脆弱な存在である。

という『思い込み』を溶かしていく実践にもなります。

憎しみを手放せないのは「被害を受けた」という感覚が継続してあるからです。
ですのでこれが「癒やされなければ」いけません。

「被害を受けた」という認識があるままで、「赦す」ことは不可能です。

「本当の私は被害を受けていなかった」という確認が当人への癒やしになります。

「被害を受けた」という意味付けを自ら壊していく、ということでもあります

この「本当の私(真我・存在)を感じる」というのは、感覚的に掴まないといけない領域です。
どうしても文字で伝えるのが難しい領域になってくるので、普段は個人セッションでお伝えしています。

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ただ、ひとつイメージしやすい事例がありますので、それを合わせてお伝えしておきます。

現在では世界的なスピリチュアルの指導者となっているエックハルト・トールさんが、著書「ニューアース」の中で語られている事例になります。

彼があるガン患者の女性の元へスピリチュアルカウンセラーとして訪れていたときの話です。

事例

(以下、書籍から文章ままで引用します)

スピリチュアルな問題について指導するカウンセラーとして、ある女性ガン患者のもとへ週に二度ずつ通っていたことがある。その女性は四十代の教員で、医師から余命数か月と宣告されていた。訪ねていって数語交わすこともあれば、黙ってただ一緒に座っていることもあった。

ある日訪ねてみると、彼女はひどくがっかりし、怒っていた。
「何があったのですか?」と尋ねたところ、ダイヤの指輪がなくなったという。
金銭的な価値もさることながら、とても思い出深い品だった。

きっと毎日数時間、世話をしにくる女性が盗んだに違いない。病人に対してよくもそんな無神経なひどいことができるものだ、と彼女は言った。そしてその女性を問いただすべきか、それともすぐに警察に通報したほうがいいか、と私の意見を求めた。どうすべきか指図はできないと答えたが、しかし指輪であれどんな品物であれ、いまのあなたにとってどれほど重要なのかを考えてみてはどうか、と私は助言した。

「あなたにはおわかりにならない。あれは祖母からもった指輪で、ただの指輪ではない、私が怒るのも当然だ」と彼女は言い返した。

その返事の勢いやにこもる怒りと自己防衛の響きは、彼女がまだ充分に「いまに在る」心境になれず、起こった出来事と自分の反応を切り離して別々に観察する に至っていないことを示していた。

そこで私は再度女性に尋ねた。

「それじゃ、いくつか質問をします。すぐに答えなくていいですから、自分のなかに答えが見つかるかどうか探してみてください。質問ごとに、少し間をあけますからね。答えが浮かんでも、必ずしも言葉にしなくてもいいんですよ」

どうぞ、聞いてください、と彼女は言った。

「あなたはいずれ、それもたぶん近いうちに指輪を手放さなくてはならないことに気づいていますか?それを手放す用意ができるまで、あとどれほどの時間が必要でしょう?手放したら、自分が小さくなりますか?それがなくなったら、あなたは損なわれますか?」

最後の質問のあと、しばらく沈黙があった。再び話し始めたとき、彼女の顔には安らかな笑みが浮かんでいた。

「最後の質問で、とても大切なことに気づきました。自分の心に答えを聞いてみたら、こういう答えが返ってきたんです。『そりゃ、もちろん損なわれるわ』。それからもう一度、問い返してみました。『私は損なわれるだろうか?』。今度は考えて答えを出すのではなく、感じてみようとしました。そうしたらふいに、『私は在る』と感じることができたのです。こんなふうに感じたのは初めてだわ。こんなに強く自分を感じられるなら、まったく損なわれてはいないはず。いまでもそれを感じられる。穏やかだけれど、とても生き生きとした自分を感じられます」。

「それが『大いなる存在』の喜びですよ」と私は言った。

「頭から抜け出したときに、初めてそれを感じられるんです。それは感じるしかない。考えたってわかりません。エゴはそれを知らない。だってエゴは思考でできていますからね。その指輪は実は思考としてあなたの頭のなかにあり、それをあなたは自分と混同していたんですよ。(中略)」

身体がますます衰弱していった最後の数週間、彼女はまるで光が内側からから輝き出しているように明るかった。いろいろな人にたくさんのモノを分け与えたが、そのなかには指輪を盗んだと疑った女性も入っていた。そして与えるたびに、彼女の喜びはますます深くなった。彼女の死を知らせてきた母親は、亡くなったあとで例の指輪がバスルームの薬品戸棚で見つかったと言った。手伝いの女性が指輪を返したのか、それともずっとそこに置き忘れられていたのか?それは誰にもわからない。だがわかっていることが一つある。人生は意識の進化に最も役立つ経験を与える、ということだ。いまの経験が自分に必要だとどうしてわかるのか?それは現にこの瞬間に体験しているからだ。

引用元:エックハルトトール.書籍「ニュー・アース」より

この素晴らしい事例は

  • 意味付けの放棄
  • 感情への赦し

の両方を(これら2つは同じことですが)内包しています。

この記事でここまで述べてきたことが現れている事例です。

この事例に登場する女性は、質問の最中に「本当の自分(書籍内では大いなる存在と表現されている)」を感じることで、「本当の自分は傷ついていない」ことを感じ取りました。

そして

私は被害を受けていない

と「実際に確認」したからこそ、「指輪を奪われることで私は被害を受けた」という意味づけを放棄することができたということです。

「被害を受けた」という感覚のままでは、彼女は決して自分が作った意味づけを手放せず苦しんだことと思います。さらに、亡くなるまでの体験・今回の人生の意義、こういったものも大きく変わっていたことと思います。赦しが彼女の体験を180度転換させました。

この事例からも分かるように感情への癒やし(意味付けの解除)には、最終的には「真の自己を感じること」が絶対的に必要となります。

すべての感情的痛みは、「私は弱く傷つく存在である」というエゴ(自我)の根源的な恐れに基づいているからです。

しかし「真の自己」は外界によっても影響されません。
感情によっても影響されません。
傷つきません。

それが分かるからこそ、感情をあるがままに放っておくことができるようになっていきますし、また逆に、感情をあるがままに放っておくことで真の自己を自覚し始めます。

ですのでこれらはセットであり、これが真実です。
真実を自覚することが「癒やし」です。
真実は幻想を癒やします。

コツはこの事例の中の女性のように「在る」ということを感じるよう意識を向け、「在る」は傷ついていないことを感じ取ることです。

どうすれば「真の自己(=在る)」を感じられるのか分からない、という場合は個人セッションをご利用ください。

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感情と向き合うことは、自分の心を知るプロセスになる

ここまで

  • 感情の正体、仕組み
  • 感情への対処法
  • 感情への対処がどうしてうまくいかないのか?

を見てきましたが、長期的な視点についても述べておこうと思います。

感情を完全にマスターするには、

自分の心を完全に知る

ことが必要になります。

なぜなら、自分の心の中身を知らずに、感情から完全に解放されることはないからです。
ですのでこれは長期的取り組みとして必ず必要になってきます。

例えば、感情が出てきたときに『その感情が生まれた原因が自分の心にあること』をよく認識することが大切です。

注意点

ここで「このような感情を抱くに至った原因は外界にある」とみなしたがる誘惑に強くかられるはずです。

『自分の内面を見つめるのではなく、外界(人や出来事)を変えることで解決したい!』という誘惑です。

心は(自我は)、あたかも熟練の詐欺師のように非常に自然にこのすり替えを行います。

しかしそれは「原因は私の心にはない」=「私は外界次第で揺れ動きます」と見なすことになり、自分から主権を剥奪することになります。

(そして誰もがこうしてこれまで生きてきたはずです。そしてそれでは幸せになれません)

ですので、それに飲まれないように注意を払うことが大切です。

そんな風に観察をして、その感情を生むこととなった自分の心の中身(思考体系)を理解していくことが一つ。まず何よりも重要なことです。

まさにこの記事で理解した内容を、実地でも確かめていくことです。

これはコツコツとした取り組みであり、一朝一夕で劇的に変わる、ということにはなりません。

しかし本気で続けた人には確かな変化を。
束の間のものではない、消えない財産をもたらしてくれます。

ですのでぜひ、日常の中で「自分の心を知る」ことを続けていってください。

コツは、自分の心の中に発見するものに「良い」「悪い」などのジャッジをしないであげることです。あるがままに受け入れて認めてあげることです。

また、繰り返し現れる感情は、
これまでの意味づけが積み重なった結果とも言えます。

そしてそれを過去のカルマ(業)という表現をすることもあります。

この積み重なった業は自ら意識的に解除することを選ぶまでは転生を跨いで続いていきますから、気付いた時点から意味づけは手放していくことが大切になります。

(とはいっても目覚めれば転生をする必要はなくなるので、次の転生が大事だということが言いたいわけでもないのですが、それぐらい根深く続くものなので軽視しない方が良いというのがお伝えしたいニュアンスです。)

カルマ(業)の観点に関して詳しくは別の記事にもまとめてあります。

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スピリチュアル的なカルマの法則の意味を解説。解消の方法についても
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目覚めると感情がなくなるのかという疑問について

こういった感情についての話をしていると

目覚めたら感情はなくなるのですか?

というご質問をいただくことが多いです。

これについては詳しく別記事で解説する予定なのですが、Youtubeにはすでに解説動画をアップしてあります。

それも興味があるという方はこちらをご覧ください。

まとめ

この記事では感情について、網羅的に、多角的に、一緒に観ていきました。

これらの内容をぜひ「日常の中で実際に」試して、変化があるか確かめてみてください。

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SHO
高熱を出したことをきっかけに、意識変容のプロセスが始まる。そのプロセスの中で発見された真実を分かち合い、皆で目を覚ましていくために必要な理解を伝えるメッセージを発信中。(現在は主にメルマガ、note、ブログ記事、Youtube、Twitterにてメッセージを発信中)
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